「友だちがほしい!」 2度目の不登校で「うつ病」と診断された高校生が「居場所」をつくりだすまで

同世代と話したい。友だちがほしい――。中学、高校と不登校を経験した三井田和人さんが直面したのは、同世代と話せない寂しさだったといいます。「うつ病」治療で通っていた精神科の医師のひとことをきっかけに、三井田さんは高校3年生のときに、自分が理想とする居場所「自宅待機ぐみ!!!」をつくります。現在は埼玉県の大学に通いながら新しい目標に向かって学ぶ三井田さんが、いま不登校の子どもたちに伝えたいメッセージとは。(聞き手/藤森優香、編集/藤森優香・「不登校オンライン」編集部、写真は三井田和人さん)

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不登校は、中学と高校で1回ずつ経験しています。

中学で不登校になったきっかけは、成績が下がったことでした。両親が教育熱心で、成績はいつも中の上くらいをキープしていました。ところが、中学2年の秋のテストで平均点を下回ってしまったんです。

当然、親は怒りました。でもそれは、テストの成績が悪かったからではなく、成績がよくなかったにもかかわらず、まったく悔しがっていない僕の態度が気に入らなかったからでした。

僕はもともと勉強にもテストにも興味がなく、ただ親の期待にこたえるためだけに勉強していました。親と激しく対立し、「勉強なんかしない、学校へは行かない」と言い放ちました。クラスで外見をからかわれる「いじめ」にあっていたことも相まって、そのまま不登校になりました。

僕が不登校になると、両親がしょっちゅうケンカをするようになりました。自分のことで父とケンカして母が泣いているのを部屋のドア越しに見るのは、本当に悲しかったです。

輝いて見えた「高卒」という言葉

自分から不登校になったものの、勉強が遅れることへの焦りや将来への不安で、つらい日々が続きました。

このまま学校に行かなかったら、高校へは行けず、中卒のまま大人になるんだろうな。漠然とそう思いつつも、一度不登校になると学校へ行くには勇気がいります。高校に入学することが夢のようで、「高卒」という言葉がすごく輝いて見えました。

鬱々と過ごしつつも、やはり高校に入学したい、普通の高校生になりたい、という思いは募るばかりです。全日制高校への進学を目指して、中3の夏ごろからいわゆる別室登校を始めます。クラスには入らずに、別の教室で自習をするようになりました。

その後無事に高校受験に成功し、全日制の高校に進みました。

中学でひきこもっていたこともあり、はじめの1年間は「ふつうの高校生活」が楽しくて仕方がありませんでした。

状況が一変したのは、

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