「学校に行かない」デメリットって、どんなこと?
子どもにとって学校が居心地のいいところではないとわかっていても、心のどこかで「学校に行ってほしい」と思う保護者も少なからずいるのでは。
「学校に行かないデメリット」をあらためて考えることで、本当に学校に行ったほうがいいのか?を考えてみます。
お話を聞いた人:キズキ共育塾相談員・半村進さん
キズキ相談担当 半村進
はんむら・すすむ。1982年、茨城県生まれ。東京大学文学部卒。
小学校時代から転校を繰り返し、運動ができないこと、アトピー性皮膚炎、独特の体形などから、いじめの対象になったり、学校に行きづらくなっていたことも。大学に入学してようやく安心できるかと思ったが、病気やメンタルの不調もあり、5年半ほど引きこもり生活を送る。30歳で「初めてのアルバイト」としてキズキ共育塾の講師となり、英語・世界史・国語などを担当。現在はキズキの社員として、不登校・引きこもり・中退・発達障害・社会人などの学び直し・進路・生活改善などについて、総計1,000名以上からの相談を実施。
【執筆記事・インタビューなど(一部)】
「学校に行かないこと」のデメリットとメリット
今回、「デメリット」と挙げたものでも、ある子どもにとっては全くデメリットにならない場合もあります。あくまでデメリットになる可能性があるものです。
また、本人と保護者、かかわっている学校や環境によって、ここで挙げたものとは異なるデメリットまたはメリットがある場合も。
学校に行かないことのデメリットを客観的に挙げてみて、それが「学校に行かないとどうしても解消できないものなのか?」を考えてみてはいかがでしょうか。
【デメリット】経験の幅が狭くなりやすい?
学校に行かないことで、家にいることに比べたら、単純に経験の幅が少し狭くなりやすいということは考えられます。何かを体験すること、知識を得ること、人との付き合いなど、さまざまな経験です。
これには、「失敗すること」の経験も含まれます。
また、「学校に行っていなかった」ことで、「みんなが⚪︎歳ぐらいでやっていることを、自分はしてこなかった」と感じて、自分に何かが欠けているのではないかと考えてしまうことも。
→学校以外のところで経験を積めばいい
逆に考えると、単純に学校以外のところで 経験を積めばいいということ。
ただし、必ずしも幅広い経験でなくてもよく、本人にとってプラスになる経験を積める場所があれば、学校以外の場所でもいいわけです。
学校以外でやってきたことや積み上げてきたことがあったり、学校以外の場所で出会った人たちとの体験などを大切にしていければ、デメリットにはならないのでは?
→どんな経験でも「すればいい」わけではない
誤解が原因で厳しく叱られてしまったり、周囲から執拗ないじめを受けてしまうなど、本人の心身を崩してしまうような経験や悪い思い出としてずっと残ってしまうような経験は、無理に積む必要は全くありません 。
学校に盲目的に通い続けることで本人の心身が弱っていく場合、それは「学校に通うことで生じてしまうデメリット」になるのです。
【デメリット】自分に対してのネガティブな感覚
学校に行けていない子どもは、「自分はこれをやれていない」、「周りの人に比べて勉強も何もかもできてない」と、自分に対してのネガティブな感覚が生まれやすくなる場合も。
→「自分ができること」を他で経験する
上記のように考えてしまうのなら、「自分ができること」を積み上げていったり、家や他の場所で勉強に取り組めばいいかもしれません。
いずれも、学校以外でもできる可能性があります。
【デメリット】集団での活動ができるのか心配される
長い期間、学校に行っていなかった場合、集団で何かの活動をすることに慣れていないのではないかと思われやすくなることがあり得ます。
本人の実情はどうあれ、周りの人が心配することがあります。大学でも会社でも、どこかに所属したいとなった場合、続けられるのか心配されることも。
→他人からの心配には自分なりの答えをもっておく
もし、そんな心配を感じたら、「(好きなことを)これだけやり続けていた経験がある」など、学校以外でやっていたことなどを伝えればいいのではないでしょうか。
単純化した例ですが、「学校には行っていなかったけれど、ピアノのレッスン(アルバイト、家庭菜園、家での勉強)は続けていた」などです。
進路の選考や就職などの面接などでは、本人が実際にどういう人か、よりも経歴を見て心配をする人もいます。しかし、その心配に対して自分なりの答えをもっていれば、デメリットになりにくいはずです。
それを伝えたうえで、まだ「経歴」だけで判断するような人や場所にはかかわらない、と考えてもいいかもしれません。
【メリット】しなくていい経験を避けられる
本人の心身を崩してしまうような経験、何年経っても「あれは嫌だった」と思い起こしてしまうような経験は無理に積む必要はありません。
学校にいくことそのものも、学校生活の中での出来事も、学校に行かないことでそうした経験をうまく回避することができるのは、非常に大きなメリットです。
【メリット】時間を自由に使える
時間の使い方について、学校に行っている人たちよりも選択肢が多く与えられるというのもメリットです。場合によっては、何に時間使いたいのかをきちんと考えられる機会にもなり得るのです。
もし、やりたいことが見つかった場合は、すぐに多くの時間を割くことができます。「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、「何年後」ではなく、「今」面白そうだからやってみようと行動に移せます。
不登校を経験した人が「絶対に行けない進路」はない
「学校に行かない」と心配になることの一つが「進路」。真っ先に不安に思う保護者も多いのではないでしょうか。
しかし、「不登校だから高校に進学できない」、「不登校のせいで大学に進学できない」というのは、実際はそこまで心配しなくてもいいもの。勉強の進み具合についていけないことと、進学先がなくなってしまうことは違います。
公立の小学校や中学校は、不登校でも卒業できます。私立の場合も、最終的には公立に転校すれば卒業できます。大学には高校に行かなくても進める方法があります。
不登校経験者でもさまざまな職種の人がいる
不登校の経験者をグループとして見た場合ですが、「不登校だから」という理由で行けない進路は、ほぼないと考えます。
不登校経験者も、スポーツ選手、クリエーター、弁護士、医師など、さまざまな職種・分野で活躍しています。もちろん、「活躍」しなくてもいい。
不登校だからといって、絶対に行けなくなる進路はない、ということです。
「学校に行ってほしい」と思っちゃいけないの?
保護者が「子どもには学校に行ってほしい」と思うのは、当然のこと。そう思ってしまうこと自体が「本人に申し訳ない」と感じてしまう保護者もいるようですが、そこまで思う必要はありません。
自分が体験していないことは不安に思う
人間は自分が経験してないことは、想像しにくいものです。もし、自分に不登校経験がなければ、不安に思うのは自然なことです。保護者世代は、不登校を経験している人が今よりもかなり少なかった時代に育っています。
実は、無理やり学校に連れてこられていた人や頑張って行っていた人も一定数いたかもしれませんが、明確に不登校だった人数は今より少なかったはずです。
つまり、保護者は学生時代に不登校になっていた人の例をあまり見てこなかったし、保護者自身が不登校の経験をしていない可能性が高いわけです。
どれだけ想像力のある人でも、自分が経験したことのないものは、イメージするのが難しい。
イメージしにくいものは、ときに怖く不安に見えることがあります。怖いこと、不安なことは減らしておきたいのが人間の心理です。
不登校を経験している子どもの割合は増えている
現状、子どもの数は減っていますが、不登校の児童・生徒の数*は増えています。
保護者世代が学生のころと比べて、不登校を経験したことがある人の割合は大きく増えているということになります。
今後、子どもたち同士、また社会全体の不登校への見方は変わってくるかもしれません。「不登校を経験した人」が珍しい立場ではく、不登校の意味合いがいい意味で重く見られない可能性もあります。
子どもを囲む多くの人が「本人にとって、居心地のいい場所がたまたま学校ではなかったんだね」と考えられるようになっていくかもしれません。
デメリットは本当にデメリットなのか?
あえて、「学校に行かないデメリット」を挙げてみましたが、客観的に考えれば学校以外でも果たすことができたり、他の方法で改善できることが多いです。
「学校に行けたらいいけれど、行かない方法もある」と心づもりしておくことで、子どもの現状を冷静に見られることもあるのではないでしょうか。
※「学校に行きたいけれど、行けない…」「やっぱり行った方がいいの?」と悩むときには、「学校休んだほうがいいよチェックリスト」も活用してみてください。