「母ちゃん、ひま」小3の息子に訪れた、一歩を踏み出すサイン【全文公開】
不登校の子どもが、疲れていた心を休め、エネルギーが溜まってきたときに発する言葉があります。それは「ひま」。「ひま」と言い出したら、気持ちが外に向かっているサインなのです。現在小学3年生の息子を持つ母親・カナコさんも、息子が元気になったサインを待ち続けたと言います。カナコさんはどのように息子さんと向き合ってきたのか、語っていただきました。(聞き手/編集・本間友美、イラスト・今じんこ)
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――お子さんの不登校のいきさつからお聞かせください。
息子は小学1年生の2学期から「お腹が痛い」と言って学校へ行きしぶるようになりました。当初は「そんなこともあるか」とあまり気にしていなかったです。でも3学期になっても行きしぶりが続いたので心配になり、スクールカウンセラーの方に相談しました。そしたら「学校へ戻しましょう」と言われて。思えばこの一言で私は、学校へ行かないのはいけないことだという認識になってしまいました。専門家が言うのだから、息子には努力させなきゃいけないと思い込んでしまったんです。
一方で息子は疲れが溜まっていったんでしょう。昨年4月、2年生に進級した翌日に「学校へ行きたくない」と言いました。それが息子の不登校の始まりです。その日はすぐに担任の先生と面談することになりました。先生は息子と対面すると真っ先に、「何がイヤなの?」と聞いてきました。息子はぽつぽつと、宿題がイヤ、漢字の書き取りがイヤなどと答えました。そしたらその先生はすぐ判断するタイプの人で、「宿題がなかったら来られる? だったらやらなくていいよ」と言ったんです。だから明日からおいでよ、と翌日、息子は登校しました。でも次の日にはまた、「行きたくない」と言って。結局昨年の4月から6月まで、行ったり行かなかったりのさみだれ登校が続きました。
息子が行きたくないと口にしてからも私は、毎日のように先生に会い、どうしたら学校へ行けるようになるかを話し合いました。学校側は、放課後でも学校に足を踏みいれたら出席扱いにすると言ってくれ、息子には学校を休んだ日でも放課後に登校してもらいました。でも本人はイヤイヤで、体を丸めて抵抗することもありました。
それならオンライン通学はどうかと、自宅のリビングと学校をビデオ通話でつなげて、家にいながら出席することも試しました。本当は病欠の児童に向けた取り組みなのですが、学校側は息子にもオンライン参加を認めてくれたんです。しかし、朝の会の出欠確認だけ出たら、あとは別室にこもるような状態でした。息子がすこしでも学校に参加できるようにといくつか方法を試してきましたが、結局本人にはなんの効果もなく、むしろ表情が暗くなるばかりでした。私としても、「これはいったい誰のため、なんのためにやっているんだろう」という気持ちが大きくなっていきました。
私が疲れはて
――その後、息子さんへの向き合い方はどのように変わったのでしょうか?
向き合い方を変えなきゃいけないと思うよりも先に、私が疲れてしまいました。息子のさみだれ登校が続くなかで、私は5月末にある運動会をひとつの目標にしていました。せっかくクラス一丸となってがんばる機会だから、なんとか学校へ行かせてみんなといっしょに練習をさせよう。そう思って息子の背中を押していました。でも運動会が終わってほっと脱力した瞬間、「これからもずっと同じことをくり返していくのか」と不安になったんです。
その不安を埋めるように、6月ごろから不登校に関する情報を集めるようになりました。本やスマホで検索して出てきた記事など、とにかく読み漁りました。そうやってたくさんの情報にふれるうちに、子どもを休ませようという記事が目に留まるようになって。スクールカウンセラーの方が言っていたこととは逆のことが書いてある記事でしたが、読み進めるうち「休ませる」という方向のほうが息子の未来に希望が持てる気がしたんです。私自身の気持ちが上向きになっていくのも感じました。
それからは自分が元気になる情報だけを追いました。多くは不登校当事者や親の体験談でした。それらを読むなかでしだいに、息子は学校へ行かなくても大丈夫だと思えるようになったんです。
夏休みが明けると、私は息子に「学校へ行きたくないなら行かなくてもいいよ」と言うようになりました。また登校のプレッシャーがかからないよう、学校側に放課後登校もオンライン通学もやめたいと伝えました。その後9月なかばから、息子は家ですごすようになりました。
――息子さんは家で、どんなふうにすごしているのですか?
好きなときに寝て起きて、気ままにゲームをしたりユーチューブを観たりしています。私はそのようすをだまって見守っています。お風呂に入らなくても歯磨きをしなくても、小言は言いません。一方で、息子の要望はすぐ応えるようにしています。「お茶淹れて」と言われたら、「はいはい」と淹れてあげたりして。今は息子を丸ごと受けいれようと思っているんです。そう考えるようになったのは、情報をふるいにかけるなかで見つけた自己肯定感の考え方に感銘を受けたからでした。自己肯定感というと、何かを達成してこそ得られるイメージがありました。でもちがったんです。何かを達成してもしなくても、ありのままの自分を自分で認めることが自己肯定感を育む。その見方を知ったとき私はハッとして、学校へ行っていない自分を息子が肯定できるよう、まず私が息子を受けいれなくては、と思ったんです。
それまでの私は息子に、「今のあなたはダメ」と暗に伝えてしまっていました。学校を休んで家ですごす日は、学校が終わる15時までゲームとユーチューブをやってはいけないと息子に言っていたんです。それって、学校へ行かないことを責めているのと同じですよね。そう気づいてからは制限をいっさいかけないようにしました。
ただ、何もかも手放して子どもを自由にさせるのは、自分にストレスのかかることでした。そこで私はオンラインの親の会に参加して、自分の心を整える習慣をつけることにしたんです。山本りかさんが主宰する「明るい不登校」という会に私は参加するようになりました。ここは毎朝8時に音声SNS「クラブハウス」で親の会を開いてくれているんです。経験者の話を聞いたり、悩み相談をさせてもらったり、いつも助けられています。何より毎日こうした会をやってくれるのが大きな支えになっています。
「親コミュ」も利用
地域の親の会は月1回開催のところが多いと思います。でも正直、開催日まで待っていられないんですよね。子どもと向き合うのは毎日のことなので、早く話を聞きたいし、聞いてもらいたいんです。誰にも相談できずにひとりで不安を抱え込むのが一番つらい。孤独にならないためにもオンラインの繋がりを大切にしています。ほかにも不登校新聞社のオンラインコミュニティサービス「親コミュ」も利用していて、地元のママ友には話せない気持ちを吐露しています。
こうして不登校の親との交流を広げていくなかで、私は息子の不登校を見守るうえでの1つのポイントを見つけました。それは、子どもが「ひま」と言うことです。家ですごしていた子どもが「ひま」と言い始めるのは、疲れていた心が回復してエネルギーが溜まってきたサイン。「ひまだって言い出したら、いよいよ動き出す合図だよ」と先輩ママさんから聞き、私は息子が「ひま」と言うのをひそかな目標にしました。
息子は不登校になってからずっと元気がありませんでした。気の落ち込みようが顕著だったのは、10月ごろにかわいがっていたペットのハムスターを「死ぬのがこわい」と言ってさわらなくなってしまったことでした。もともと不安感の強い子で悲惨なニュースを見た影響もあるのでしょうが、学校へ行っていないことを悩むあまりネガティブ思考になっていったんじゃないかと思います。ときには気持ちが爆発して私にきたない言葉を吐くこともありました。それでも私はぐっと耐えて息子を受けとめるようにしました。
――見守りを続けるなかで、息子さんに変化はありましたか?
すこしずつですが、笑顔が増えて雑談をしてくれるようになりました。話すのはユーチューブで見たものなど自分の興味のあることだけなんですが、楽しんでいる感じが伝わってくるので、元気を取り戻しつつあるのかとほっとしています。とはいえ、今も息子は戦っているようです。つい最近も「ねぇ、いつから学校へ行ったらいいと思う?」と泣きながら聞いてきました。「行きたいと思うようになったら行ったらいいよ」と話していますが、学校へ行っていない自分はダメという意識がまだ抜けないみたいです。
ついに来た「母ちゃん、ひま」
ただ、私は今、すこし前へ進んだ感じがしているんです。というのも、12月に息子が初めて、「母ちゃん、ひま」と言ったんです。衝撃でした。うれしさと驚きで思わず「親コミュ」に、「ひま、来ました!」と投稿しました。そしたら「ついに来ましたか!」、「よかったですね!」など反応をいただいてトークは大盛り上がり(笑)。「うちの子は、ひまと言い始めてからこんなふうに変わりましたよ」とのコメントもいただいて、あらためて「ひま発言」が大きな転換期であること実感し、わが家はひとつ峠を越えたのだと安心しました。しかも息子には、たしかに変化がありました。遠ざけていたハムスターを「長生きしてね」と声をかけてさわるようになったんです。「死ぬのがこわい」と言っていたことは、「なんであんなことを言っていたんだろう」と今ではきょとんとしています。不安な気持ちが落ち着いてきたのかもしれません。
今後も息子には「学校へ行かなくても大丈夫だよ」と伝えていきたいと思います。息子にはもっと元気になって興味のあることをどんどん追求してもらいたいんです。高校をどうするかなど具体的な進路の話をするつもりはありません。それよりいろんな道があることをいっしょに調べて、学校へ行っても行かなくても大人になれることを話していきたいですね。息子のなかにある、このまま大人になっていいのかという不安を取りのぞきたい。そして人生に希望を持ってもらえたらと思っています。
――ありがとうございました。(聞き手・本間友美)
(初出:不登校新聞599号(2023年4月1日発行)。掲載内容は初出当時のものであり、法律・制度・データなどは最新ではない場合があります)