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「私の心に問題があったのか?」 あれから30年、経験者が考える「不登校とイップス」

不登校は「心の問題」と考えられがちだ。しかし詩人・フリーライターの喜久井伸哉さんは、「不登校はむしろ体の問題だ」と言う。アスリートなどさまざまなジャンルのプロフェッショナルがおちいる「イップス」の問題と、不登校当事者をめぐる言説の共通点について考察する。(連載「『不登校』30年目の結論」第4回・写真は喜久井伸哉さん)

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学校へ行っているとき、私は「ふつうの子」でいられた。それが、行かなくなったとたんに、親や教師から「問題がある子」として扱われるようになった。相談所で面会した精神科医からは、「心の問題がある」と言われたことがある。しかし、通学を再開すると、私は「ふつうの子」と見なされた。しばらくして再度欠席するようになると、また、「問題がある子」に変わった。

私には本当に「心の問題」があったのだろうか? 私の「心」は、通学している時期も、そうでない時期も、とくに変わらなかった、と思う。ちがっていたのは、「『登校する行為』ができるかできないか」という点だけだ。私の「不登校」は、「心」よりも「体の問題」だったと言える。それを説明するために、今回は「イップス」を引き合いに出す。「不登校」の体験談でイップスについて話すことは、おそらく前例がない。しかし私は、「心」に関する精神医学的な言葉よりも、「イップス」について語る言葉のほうが、はるかに真実を伝える表現を含んでいると思う。

イップスとは何か

イップスとは、競技中のアスリートなどに起こるもので、病気や障害がないにもかかわらず日常的に反復していた動作ができなくなることだ。『広辞苑』では、2018年の第7版に初めて収録された。イップスになると、意図しない痙攣(けいれん)や脱力が起こるせいで、繊細な動作が行なえなくなる。まっすぐにボールを投げようとしても暴投が起きるなど、「意志と行為の不一致」が生じてしまう。神経や筋肉の専門家が研究しているが、明確な「原因」はわかっておらず、治療法は確立されていない。プロとして第一線で活躍しているスポーツ選手でも、イップスが改善せず、引退に追い込まれることがある。

なお、神経内科ではイップスにあたる症状を「ジストニア」と診断することが多い。アスリート以外ではピアニストなどの音楽家に多く、2015年にはロックバンドのRADWINPS(ラッドウィンプス)のドラマー・山口智史氏が、ジストニアを理由に活動を休止している。

専門書を読むと、これまでさまざまな分野でイップスが起きていたことがわかる。いくつか例を挙げると、思い通りにペンを動かせなくなる「書痙(しょけい)」、タイプライターの打鍵が難しくなる「ライターズ・クランプ」、弓道で弓から指を離せなくなる「もたれ」、オペラ歌手などが声を出せなくなる「麻痺性発声障害」などが、現在ではイップスの一種とされている。ほかにも、理容師がハサミを動かせなくなった例や、そば打ちの名手がそばを打てなくなった例もあるという。

 スポーツの世界でイップスの理解が広まる以前は、各分野で独特な呼び名があった。マラソンなどの陸上競技では、走行中の脚に力が入らなくなることを「ぬけぬけ病」と言い、スピードスケートでは、同様の状態を「ぶらぶら病」と言った。イップスは誰にでも起こりうるもので、真剣に競技に打ち込んでいる選手でも、突然生じてしまうことがある。そのため、監督や周囲の選手から「怠け」や「無気力」と誤解され、叱責されてしまうことも多い。

意志の力ではどうにもならない

このような誤解は、「不登校」の子どもに対して「怠け」や「無気力」と言われてきた歴史と重なっているように思える。

【連載】『不登校』30年目の結論
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