【書籍紹介】不登校の子どものケアは、突如「はじまってしまうもの」

#不登校#行き渋り#東畑開人#雨の日の心理学

「こころのケアの大半は、素人によって行われている」。

もちろん、医療機関やカウンセリングルームなどでケアにあたっているのは、プロ・専門家です。
しかし、日常的にこころのケアを提供しているのは、家族や友人など専門家ではない人たち。不登校の子どものケアも、素人である保護者が多くの部分を担っています。

雨の日の心理学——こころのケアがはじまったら』(東畑開人・著、角川書店、2024年)は、ケアをする保護者をケアしてくれます。

著者

内田青子

子どもが突如として、学校に行きたくないと言い出す。

昨日まで「お父さん、お母さん」とまとわりついていたあの子が、背を向けて自分の部屋に鍵をかける。

ドアの外からやさしい言葉をかけようとすると、わが子とは思えないような暴言が返ってくる。

親は戸惑いながら、実感する。

——子どものこころに雨が降っている。

こうやって、不登校の子のこころをケアする日々がはじまる。

ある日、突如としてはじまるのがこころのケア

「こころのケアははじめるものではなくて、はじまってしまうものである」。

臨床心理士・東畑開人氏の『雨の日の心理学——こころのケアがはじまったら』は、このような一文ではじまる。

ある日、突然、子どもが学校に行けなくなる。パートナーが夜眠れなくなる。年老いた親が離婚を言い出す。部下が会社に来なくなる。(1頁)

そんなふうに、突如として、目の前の人のこころに雨が降り、ケアが始まってしまった。本書は、そんな人のために、心理学やケアの技術をわかりやすく解説した一冊だ。

ケアとは何か。

東畑氏によると、それは、「傷つけないこと」だという。

たとえば、学校に行きたくない子が車で送ってほしいと言う。学校へ行く道が心細いんだなと送迎してあげる。

お金がない大学生の子どもに、何も言わずに黙ってお小遣いを渡す。

子どもが必要としているお世話をしてあげるのが、「ケア」だ。

もちろん、いつまでも送迎をしたり、お金の仕送りを続けるわけにはいかないから、子どもが自分の問題と向き合うように促すこともいつかは必要になる。

対して「セラピー」は、自分の問題と向き合うように促すことを言うのだが、まずしなければならないのはケア。

ケアをせずに、「甘えずに一人で学校に行きなさい」「大学生なんだから親を頼るな」とセラピーだけに偏ると、その言葉は子どもにとって暴力になる。

ケアとセラピーの塩梅が、とても大切なのだ。

傷を介して人と人は混じり合い、結びついていく

本書は、フロイト、メラニー・クライン、ビオン、ウィニコットなどの大家による心理学を、大変わかりやすく、しかも、本質的に解説している。

メラニー・クラインやウィニコットの名前は初耳でも、「意識と無意識」「転移と逆転移」という言葉を聞いたことがある人も多いと思う。

目の前の人のこころに雨が降り、ケアをしようとしてもうまくいかないとき、ケアをするほうも傷ついてしまうことがある。

「自分はダメなんだ」という子どものこころが親に伝染して、親も「私がダメな親だから」と落ち込んだり。

子どもの話を聞いているうちに、親のこころの奥の傷が刺激されて、カッとなってしまって自己嫌悪に陥ったり。

(これが「転移と逆転移」。)

そんなとき、「どうしてわが家にだけ、こんなことが起こるのだろう」という気持ちになるかもしれない。

しかし、傷つけ合いがあるからこそ、親子の絆は深まると考えてみると、どうだろう。
「傷を介して、人と人は混じり合う。人間と人間を近づけるのは傷である」と東畑氏は言う。(312頁)

社交辞令……爽やかで清潔で、だけどちっとも感情がこもっていない会話だけのクラスや職場。そこで、親しい人間関係は生まれにくい。

「キライ」「スキ」「ニクイ」の感情を誰かに抱き、ぶつけ合い、さらに相手に新たな感情を抱く。

親子も夫婦も恋人も親友も、そんなふうに人は傷つけ合いながら、結びついていく。

生きることの大半はケア

私たちの世界は、傷で溢れている。

私たちはみんな傷ついているし、周りを見渡すと、傷ついた人があそこにも、ここにもいる。

いつもどこかで、誰かのこころに雨が降っている。

私たちの人生の大半は、誰かのケアである。

本書の最後に、東畑氏は、ベケットの名作『ゴドーを待ちながら』からの一説を紹介している。

「今日ただいま、この場では、人類はすなわちわれわれ二人だ」。(319頁)

ほかに、もっといい傘を持っている人がいるかもしれないけれど、今日この瞬間、この場にいるのは、われわれ二人なのだ。

だから、目の前の人のこころに降っている雨に、自分が傘を差し掛けてあげなくてはいけない。

たとえ、うまく傘が差せなくても。

二人の肩が雨でべちょべちょになったとしても、傘を差し掛けて一緒に歩いていく。

目の前で、悩んでいる子どもに、親として自信がなくても、ぜんぜんうまく出来なくても、ずぶ濡れになりながら一緒に歩いていく。

それが、ケアなのだ。

〈書籍情報〉
雨の日の心理学——こころのケアがはじまったら
東畑開人・著
角川書店/1,760円(税込)

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