教員の子どもが不登校に「人とのつながりに救われた」【インタビュー後編】

公立小学校で教員として働いていたアクアさん(仮名)。長女が小学校で不登校になり、中学校は学びの多様化学校を選びました。
子どもの選択を尊重するアクアさんですが、ここまでの歩みは決して平坦ではありませんでした。周囲の無理解に苦しみ、葛藤した経験から、不登校の子どもの保護者のみなさんへ伝えたいメッセージとは?
不登校の娘よりも、周りの大人への対応のほうが大変だった
娘が小学校へ行かなくなったとき、一番大変だったのは家族の理解を得られなかったことです。
私自身は、不登校が悪いことだとは思っていませんでしたし、最初から娘が自分で決めたことを尊重したいと思いました。むしろ、公立校の教員という立場で学校のあり方に疑問を持っていたので、娘の気持ちもよくわかりました。
正直なところ、学校へ行かない娘よりも、周りの大人への対応のほうが苦労しました。
小学校を転校したり、私も退職してフリースクールを立ち上げたりするなどさまざま手を尽くしましたが、娘は変わりませんでした。その様子に家族からは、「学校へ行かなくていいなんて言うから……」「お前がそんなだから……」などと言われました。
中学校への進学のタイミングで、学びの多様化学校へ行くことが決まり、実際に娘が学校へ行き始めると、家族も徐々に理解してくれるようになりました。「学校へ行っている」というだけで、全然受け止め方が違うのです。
母親たちはネットワークで救われていく
娘が学校へ行かなくなったのをきっかけに、同じように子どもが不登校のお母さんたちとのつながりができました。地域に不登校ネットワークがありましたし、インターネット上で友人になった人もいます。
そうしたネットワークや教員の仕事をするなかで、多くのお母さんたちと語り合ってきました。お母さんたちからは、「子どもを何とかしてあげたい」というエネルギーを感じます、そんな彼女たちが悩んでいることは、やはり家族との関係です。
パートナーが子どもの不登校をネガティブにとらえていたり、はっきりと「お前の育て方が悪い」と言われたりする方もいます。子どもの祖父母からの言葉に傷ついている人もいました。