精神科医・松本俊彦先生が“不登校の親の悩み”に答えます(1)〜過剰適応の危うさと、子どもの心を守る視点〜
2025年10月9日(木)、「学校休んだほうがいいよチェックリスト(※)」を運営する3団体が、精神科医・松本俊彦先生をお招きして、無料のオンライン講演会を実施いたしました。
テーマは「不登校のプロと精神科医松本俊彦先生が答える、不登校のお悩み解決スペシャル」。
オンライン講演会での松本先生からのメッセージと、不登校のお子さんがいる親御さんからお寄せいただいた質問へのご回答を、全3回に分けてご紹介します(一部の表現は、不登校オンライン編集部が編集を行っております)。
※学校休んだほうがいいよチェックリストとは
子どもが「学校休みたい」「学校行きたくない」と言っているけど、休ませていいのかな?と心配になっている保護者の方に向けたチェックリストです。簡単な質問に答えるだけで、精神科医からの回答結果が届きます。運営は、不登校ジャーナリスト・石井しこう、好きでつながる居場所「Branch」、不登校の子のための完全個別指導塾「キズキ共育塾」の3団体が行っています。
目次
最初に:不登校よりも怖い「過剰適応」って何?
石井:
最初に、「不登校よりも怖い“過剰適応”とは何か?」という点について伺いたいと思います。
松本先生は「学校休んだほうがいいよチェックリスト」を作る際にも、この“過剰適応”という概念を指摘されていました。
聞き慣れない言葉ですが、過剰適応とはどのような状態を指すのでしょうか?そして、なぜ“不登校よりも怖い”と言えるのでしょうか?
松本:
まず、“過剰適応”という言葉の意味からお話しします。
人間には、困難な状況やストレスのある環境に、ある程度適応する力があります。ただ、極めて過酷な環境においても「何の問題もないよ」「大丈夫だよ」と適応しすぎることを指すのが、過剰適応です。
私は、不登校自体は、困難な状態における生き残り戦術というか、自分の心を守るための自己防衛策だと思っているんですよね。不登校になることによって、過剰適応を避けているところがあります。
逆に、無理をして学校に行き続けたり、一度休んだあとに周囲の期待に応える形で復帰したりすると、過剰適応になります。結果として、自分の心を守れなくなることがあるのです。
この考えに至ったのには、ある研究上のきっかけがありました。
私は2007年から2016年の約10年間、自殺既遂者の実態を調べる“心理学的剖検”という研究に携わっていました。
多くの自殺関連の調査は、自殺未遂で救命救急センターに運ばれた方を対象にしています。
しかし、未遂者と既遂者(実際に亡くなった方)とでは状況が異なります。そこで、遺族の方々から丁寧に話を伺い、亡くなった方の状況を調査・研究していたのです。
その中で、10代・20代の若い世代の自殺既遂者を調べたところ、多くの方が中学・高校などで不登校のエピソードを持っていました。
それ自体は違和感はありませんでした。「自殺で亡くなった方たちは、かなり早い段階から集団の場面で不適応を起こしていたんだろうな」ということは、想像からそんなに離れていませんでした。
我々の想像を裏切ったのは、「不登校のエピソードのある自殺既遂者の75%が、学校に復帰していたこと」です。
私たち臨床現場の精神科医が出会う不登校の若者の多くは、学校に復帰せずに、高卒認定を取ったり別の進路を選んだりして社会に戻っていきます。
ところが自殺で亡くなった方たちを調べてみると、「え?こんなに多く学校に復帰しているの?」ということが、自分の精神科医としての臨床経験を大きく裏切る結果だったんです。
ここから先は私の推測なのですが、彼らは、「不登校によって、命を守っていた」んじゃないでしょうか。それを無理して周囲の大人たちの期待に応えて、形としては学校に復帰して、周りはそれで「学校にまた行けた」と喜んでいたのかもしれません。
これこそが、私の言う“過剰適応”です。
非常に過酷な状態に無理して慣れようとする、表向きの順応をするのですが、それによって実は、どんどんどんどん自分を追い詰めて、最終的に命を絶たざるを得ない状況になっていたんじゃないかということです。
もちろん全ての不登校がそうだと断定することはできません。しかし、不登校の中の一定の割合で、自分の命を、自分の心を守るために不登校をしていた人もいたんじゃないかとと思います。
「無理して学校に行かせることの危険性みたいなものがあったりするんじゃないの?」ということが、私の中ではすごく大きな衝撃でした。
「学校休んだほうがいいよチェックリスト」に協力させていただいたのも、若者たちの命を守るという意味で、親御さんたちが安心して子どもたちの不登校を背中を押せるということが、すごく大事なことなんじゃないかなと思った次第です。
質問1:YouTube依存が深まっているようで怖いです
石井:
最初の質問です。小学校6年生のお母さんからいただきました。テーマは「心の支えと依存の違い」についてです。
依存と心の支えは、どう違うのでしょう?息子は不登校になってから不安が強くなり、不安を解消するためにYouTubeとゲームをしています。YouTubeやゲームは心の支えになっているとも感じますが、依存が深まっているようで怖さもあります。YouTubeがないとキレてしまう。そんな息子の状態は、依存状態なのでしょうか?
松本:
ちょっと理屈っぽいことを言わせてもらうと、依存と依存症は違います。
例えば、我々は、いろんなものに依存していますよね。私も1日仕事をして家に帰った後に一杯のビールを飲むことを、すごく楽しみにしているんですよ。帰ったら早くまずはビール飲むかと思って働いているんですね。明らかに私はビールに依存しているわけです。
ただ、そうすることによってリフレッシュして、ちょっと気分転換をして、翌日もまた元気に仕事をしていけるわけです。これは「健康な依存」「適切な依存」なんです。
でも、アルコール依存症の人は、仕事が終わって1杯口をつけると、それが止まらなくなって深酒をして、酔っぱらって家族に暴言を吐いたり、暴力をふるったりするかもしれません。挙句の果てに、翌日仕事に行けなくなるんですよ。
私がビールを飲んで翌日また元気に仕事に行けることを「健康な依存」だとするならば、アルコール依存症は「不健康な依存」なわけです。
そのように、まず、「依存と依存症は違う」ということを押さえておいてほしいです。だから、「なんとか依存」とよく言われていますが、依存というだけで直ちに病気ということにはなりません。
依存症というのは、「適切な依存」ができない病、「その人が果たさなければいけないいろんな役割」を果たせなくなるものなんです。「それ(アルコールなど)」に手を出すと、大事な仕事ができなくなるわけです。
ここからちょっと転じて考えてみると、心の支えと依存って、実はそんなに違わないんです。イコールなんです。
この質問をされた方は、「心の支えと依存症はどう違うの?」という質問をされたつもりかもしれません。
でも、私はあえて言いますけど、「依存は皆しているし、依存して何が悪いの?」と思っているんです。我々は、仕事の合間のお茶やコーヒーにも依存しているし、仕事が終わった後のお酒にも依存しています。
何よりも、友達、家族、パートナーとか、そういった方たちに依存していますよね。我々は、いろんなものにちょっとずつ依存しながら生きているんです。
そして、多くの方たちがいろんな心の支えを持っているんです。その中の1つとして、このスマホのゲームとか、そういったものもあるんだっていうふうに、まず考えてほしいんですよ。
「学校に行かない子がゲームばかりやっている。でも、そこにもひょっとすると支えになっている部分があるかもしれないよ」とうことなんです。
ただ、依存症になる人は、例えば、お酒だけ、あるいは、ゲームだけに依存して、他を全てうっちゃっているっていうか、捨てている状態なんです。だから、コントロールを失うんだということです。
「ゲームをやりすぎて、食事も睡眠もとらなくなる。家族とも話をしない。それどころかゲームやっても楽しそうな顔をしていない」だと、「健康・適切な依存」ができていないですよね。
ゲームをやっても、どうにも気持ちが紛らわせないくらい、抱えている心の痛みはでかいんです。でも、他に何していいか分からないからゲームをやっているっていう感じになっています。
その人の食事とか睡眠とか、様々な健康状態を全体的に見て、適切に依存している状態なのか?つまりイコール心の支えとして機能している状態なのか?それとも依存症になっている状態なのか?ということを考えてほしいですね。
「適切に依存できているか?」というのは、「楽しそうにしているかどうか」は大きなポイントです。
質問2:スマホを手放せなくて昼夜逆転
石井:
次の質問も近いことを聞こうとしたのかもしれませんが、あえて、もう1回お伺いします。「スマホを手放せなくて昼夜逆転」という質問です。
小学校5年生で、不登校2年目の娘がいます。不登校になった当初は、スマホの時間を制限したり、外に連れ出したりしていましたが、だんだんと夜眠れない日々が続くようになってきました。不登校から1年半が経ち、家族との雑談はできており、食事は自分のペースで食べられる時間に食べています。しかし、徐々にゲームやYouTubeに没頭して夜もやめられなくなり、やりながら寝落ちし、寝ている間中スマホを手放せない生活になっています。昼夜逆転。お風呂も入らない。歯磨きもしない。外出は週に1回するかしないかのような状況です。体重も減ってきており心配です。
松本:
まず昼夜逆転がいいとは決して思っていませんが、昼夜逆転よりももっと酷い状態があって、それは夜も昼も眠らないっていう状態なんです。
目が血走った状態になって、夜も昼も眠らずにゲームやっている。大人のゲーム依存やカジノ依存でもあったりするんですが、これは非常に病的な状態です。それに比べれば、昼夜逆転は、まだマシな面があるんですね。
昼夜逆転をする理由は、大きく分けて2つくらいあるかなと思います。
1つは、インターネットゲーム・オンラインゲームの場合には、皆、夜やっているので、仲間とは夜のほうが会いやすいんですよね。
学校で友達との付き合いがなくなっていても、実は、ゲームを介してオンラインでいろんなコミュニティに所属していることがあるんです。
彼らにとって大切なコミュニティがあるのが夜だから、夜型の生活になるのは少し緩く見てあげてほしいなと思う気持ちもあります。
もう1つは、子どもたちも学校に行っていない状態にすごく罪悪感を持っていることが関係します。
昼間起きていると、いろんな人と顔を合わせるじゃないですか。家族なんかとも。そこは、なんかちょっと気まずい気持ちも正直あります。夜、家族が寝静まった時間にようやくホッとできるっていう子どもたちもいるんですよね。
なので、夜に逃げ込みたくなくなる心情は、ある程度、理解してあげる必要はあるだろうなと思います。
そうすると、昼が苦痛じゃなくなるためには、やっぱり一緒に同居している家族の態度や言葉のも、すごく大事になってきますよね。
以上から、昼夜逆転は、ある程度やむを得ません。ただ一方で、昼夜逆転すると、確実に家族と一緒に食事しなくなります。それでも1人で食べてればいいんですが、そもそも食事をしなくなるという現象が起きますし、運動不足も出てきます。
そして、いつかいろんな環境が整って学校に行ける状態、あるいは、社会に出られる状態になったときに、完全に夜型になっていると、次のフェーズに歩を進めにくくなるのも事実なんですよね。
なので、家族の中でルールを作ったほうがいいのかなと思っています。もちろん「朝6時半に起きろ」などと言う必要はありません。「10時か11時に起きろ」みたいな感じで、やや夜型みたいな格好でやると。
昼に家族とコミュニケーションする時間もちょっとキープしておくことが大事です。その中で、ちょっと緩い夜型生活を許容します。
そのくらいの落としどころのほうが、本人との不要な衝突がなくなります。本人も、夜過ごしているコミュニティが相当居心地がよかったりするので。
実際、不登校になっている子たちもずっと引きこもっているように見えて、そこでいろんな人脈を作って、知り合った人と親友になったり、恋人になったり、結婚したりするケースも、私自身、見てきているんです。
そうすると、そこを根こそぎ奪い取ることが彼らにとって本当にハッピーなのか?っていうことも、頭に入れておいてほしいなと思います。
石井:
この質問の中のもう1つのポイントは、スマホを制限しなかったから昼夜逆転になっているんじゃないか?もっと言えば、学校に行かないとか、勉強しないとか、食事しないとか、そういうのはスマホが原因じゃないの?スマホがあるからじゃないの?ということかもしれません。こちらはいかがでしょうか。
松本:
もちろんどこかで線を引く必要があることは、私も認めています。しかし、ここで聞いている大人の皆さんも、寝るときにスマホを枕元に置いていないですかね?スマホを眺めながら寝落ちをする日が週に2日以上ある人って、ここにいませんか?
今、現代人にとって、大人も子どももスマホって社会への窓口になっている気がするんですよね。夜中に人寂しくなって、でも電話かけると失礼だから、なんとなくSNSのタイムライン見て会話した気持ちになったりすることないですかね?
だから、子どもに非常識な規制をかけない、自分ができないことを子どもに要求しないということは大事かなと思っているんです。
質問3:卒業アルバムの写真撮影、行う必要はありますか?
石井:
次は、卒業アルバムについて、小学校6年生のお母さんからのご質問です。
息子の不登校は3年目。学校には年数回、気が向いたら登校する程度です。学校から卒業アルバムの写真撮影と、それに載せるプロフィールを書くように言われています。学校は良かれと思って声を掛けたようですが、本人が拒否している場合は辞退したほうがいいのでしょうか?
石井:
これは私からお答えさせていただきます。
辞退して問題ないです。本人が載りたくないと言っている卒業アルバムは、写真が載っていてもいい思い出になりませんので、載せなくて大丈夫です。
この他にも「断ってもいいの?問題」って、実はいっぱいありまして。給食費断っていいの?とか、修学旅行断っていいの?とか。これは、本当に子どもの気持ちで断っていただいて大丈夫ですということを、ぜひ言いたいです。
第2回(2025/12/9(火)公開予定)に続きます。
■動画もご覧いただけます
※動画中で紹介しているクラウドファンディングは、現在終了しております。
■関連記事
関連記事





