上野千鶴子さんに聞く

#不登校#行き渋り
 2002年、上野千鶴子さんは著書『サヨナラ、学校化社会』のなかで「学校化社会は誰も幸せにできない」と指摘した。出版から10年、現状をどう捉えているのだろうか。
 
――まずは上野さんが『サヨナラ、学校化社会』で指摘された点をお願いします。
 学校化社会とは、学力・偏差値の競争社会のことです。ネオリベ(新自由主義)が登場する前から、学校はタテマエ競争社会でした。学校とは、競争をさせて人に序列をつけて勝者と敗者を生んでいく選別のシステムです。底なしの競争は、たとえ勝者であっても評価されることにおびえ続けることになります。つまり、敗者は不満を、勝者は不安を感じる社会。どちらも不幸です。だから「学校化社会は誰も幸せにしないシステムだ」と書きました。
 

学校化社会が強化した理由

 しかし、学校化社会はちっとも終わっていません。むしろかつてより強化されました。要因の一つは学校化社会で育った子どもたちが、今度は親になったからでしょう。昔の親はもう少し多元的な価値を持っていました。「うちは魚屋なんだから勉強なんてできなくてもよい」「うちにはうちの流儀があるから、よその子と同じでなくてよい」なんて言う親は、もうほとんどいません。競争はどこにでもありますが、競争の価値が多元的ならばもう少し緩やかでしょう。ところが、学校化社会では価値は成績という一元尺度です。そのなかで育ち、その価値をしっかりと内面化した人たちが親になった。そういう親たちのもとで、子どもたちは競争に参加させられています。

 もうひとつの要因は、親だけでなく世間も一元的な価値観の競争社会になったという点です。学校社会というのは明治以来100年以上のあいだ、唯一の公正な競争の社会だと思われてきました。世間では世襲や差別があるけれど学校の競争だけは公平な能力主義だ、と。ところがネオリベになって、世間でも能力主義の競争が激化しました。そのじつ、学校的な能力というものが生育歴によって大きな影響を受けることは実証されているのですけれどね。

 子どもたちにとっては高校卒業があたりまえになり、大学進学率もおよそ半数を超しました。「誰もが行くなら」と大学へ行き、その後の就職状況はどうなったか。不況になってから企業による選別は厳しさを増す一方です。学歴格差に加えて学校間格差が拡大しました。かつて廃止が叫ばれた指定校制度(企業が新卒雇用者の出身大学を指定すること)は、今日ではその名前すらなくなってしまったほどに一般化しています。

 それは企業が従来型の人事制度を変えないまま、イス取りゲームのイスを減らしているからなんです。

 では、なぜこんな事態になったのか。1995年、日経連は「新時代の『日本的経営』」という報告書を出しました。そこに書かれているのは、今後、労働者を三つのグループに分けて管理する、と。その三つとは「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」。「長期蓄積能力活用型」は、いわゆる正社員、従来型の労働者です。同期入社の社員どうしを競わせ配置転換しながら出世させていく人たち。「専門能力活用型」は、税理士、弁護士などの専門職の人たち。こういう人たちをこれまで会社は内部で抱え込んでいましたが、アウトソーシングする傾向にあります。三番目は「雇用柔軟型」。雇用調整の対象となる景気の安全弁、パート、派遣、日雇いなど使い捨てOKの人たちです。

 つまりグローバリゼーションを生き抜くために、女と若者は使い捨てにしていく方針を打ち立てました。政・財・官はもちろん、労働組合まで、これに同意を与えました。つまり、オヤジたちは全員共犯。これを機に「労働のビッグバン」と呼ばれる怒涛の規制緩和が始まり、気がつけばいまの格差社会に突入したということです。こうしたなか、湯浅誠さんが言うようにいったん「滑り台」を滑り落ちたら、痛ましいほど追いつめられた人たちが出ています。

寿命100年の尺度を

――では、どうすれば学校化社会から降りることができるのでしょうか?
 学校化社会は構造ですから「降りる」ことはできません。ただし、いくつかのバイパス(抜け道)は考えられます。

  一つは「高度専門能力活用型」を狙うこと。従来型の正社員はあまりに狭き門だが、使い捨てにもされたくないし、と。ならば医師や弁護士の資格を取って生き 延びていく専門職の道です。きっと親世代も、ここを狙っているでしょう。こうした流れにいち早く対応したのが、労働市場で相対的弱者である女性でした。こ こ何年かで女性の大学進学率は急上昇し、なかでも法学部と医学部を選ぶ女子が増えてきました。皮肉なことに、いま医者と弁護士の業界でも雇用崩壊が起き、 リタイアせざるを得ない人たちも多々出ています。

 もう一つのバイパスは起業です。起業だけは学歴不問。しかもマーケットが読みづ らくなっているいまだからこそ、企業が機能しない隙間を狙っていけます。いま起業で成功するジャンルは二つ。一つは福祉、もう一つはICTの分野です。そ れに加えるならば、コンテンツ産業でしょうか。つまり製造業のように設備投資が必要な資本集約型産業ではなく、労働集約型か知識集約型産業であることが特 徴ですね。

 福祉の分野ではNPO法人「井戸端げんき」の伊藤英樹さんが有名ですね。彼は自分の失業をきっかけに事業を立ち上げ、30代で福祉のカリスマになりました。彼のようにとびぬけた能力がなくても、福祉は体力と志があればできます。

 起業が成功するもうひとつのICTの分野は、福祉分野とちがい知識集約型ですから、求められるリテラシーが高いです。メディアリテラシー、ネットリテラシー、外国語リテラシーあたりは必須でしょう。コンテンツ産業なら文化リテラシーが必須ですね。



どこに自分の価値を置くか

――どれもこれもたいへんそうですが……。

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