「天穂のサクナヒメ」制作者が語る「結果的にプラスになった」不登校時代|ゲームクリエーター・こいちさん インタビュー【前編】
稲作をしながら島を探索する和風アクションRPG「天穂(てんすい)のサクナヒメ」というゲームを知っていますか?
発売から約2週間で50万本、累計150万本(記事公開時点)を出荷した大ヒットゲームです。
このビッグタイトルを産んだゲームクリエイターのこいちさんは、中学時代に不登校を経験しています。
不登校時代に現在の仕事につながることがあったと教えてくれました。
和風アクションRPGゲームは、意外なところにも波及
「天穂のサクナヒメ」は大ヒットを記録するだけでなく、実際の米作りの方法がゲーム攻略の参考にされ、農林水産省からも注目されることに。
ゲーム業界以外も巻き込む現象を生み、2024年7月にはアニメ化もされ、さらに影響が広がっています。
こいちさんはゲームの世界観や設定、台本などを手がけました。
「頂の世」に住む豊穣の神・サクナヒメが、人が暮らす「麓の世」のヒノエ島に降り、成長していくアクションRPGゲーム。ヒノエ島に現れる鬼の討伐となぜ鬼が出現するのか原因を調査しながら、仲間たちとともに稲作を行う。サクナヒメと仲間が米作りで「頂の世」とともに「麓の世」も豊かにしていく。
実際の情報をベースにゲームでのリアル感を出す
ーー「稲作」のモチーフを選んだのはなぜですか?
制作開始当時は「パズドラ」の影響もあって、RPGに何か別の遊びを足すのがトレンドになっていました。
加えて、自分たちが昔遊んだゲーム「アクトレイザー」で神様が人類の発展を助けつつ、悪魔と戦う内容だったので、それにも大きく影響を受けています。
「天穂のサクナヒメ」も同じように、最初は神様が鬼と戦いながら村づくりを助ける構想だったのですが、村づくりは人気ジャンルで競合タイトルも強く、作らなくてはならない要素も多くなり過ぎると思い、村づくりのなかでも一つの要素に絞って作り込み、差別化を狙いました。
稲作は身近ではあるけれど、みんなよく知らない。そして、他とかぶらない要素だと思ったのです。
ーー制作にあたって、農業や民俗学など、かなりの知識が必要だったのではないですか?
専門的な研究というレベルではできていないですが、できる限り真面目に調べてゲームに必要なところや面白いアイデアにつながったら取り入れました。
実際の学問と違って、ゲームではいい意味で必ずしも正確性が必要ないところがありますので、プレイするときに違和感がない程度に要素をピックアップしたり、変更したりしています。
ゲームはいい加減に作ろうと思えばいい加減に作れてしまいます。でも、あくまでゲーム(遊ぶもの)だとしても、ある程度の下調べや知識があったうえで、設定を決めていく方が説得力が違いますし、「ゲームのなかでのリアル感」が出てくるんだと思います。
米作りのゲームが売れた。農水省も反応
ーーゲーム業界以外への反響についてはどう思っていますか?
正直、「驚いている」の一言に尽きますね。農林水産省から声がかかったこともありますが、本業農家でもない一般の日本人が米作りにここまで興味をもつとは思ってなかったです。
今、まさに日本の食の生産危機という話はよく叫ばれていますし、農業分野の平均年齢の高さも問題になっている。
農林水産省の方もどうやって興味をもってもらうかを悪戦苦闘しているなかで、米作りのゲームがすごく売れたというのは、意外な結果だったと思います。
私たちが思っていたよりも、目新しく受け取ってもらえたのと稲作自体に興味をもってもらえたのは予想外でした。
このゲームをきっかけに農業(稲作)をやるようになったというお話まであるようです。
創作分野では、ある程度「恥知らず」でないといけないところも
ーー開発には5年の時間を要したとのことですが、大変なことはありましたか?
「天穂のサクナヒメ」は、ゲーム会社を辞めて独立してから制作したものです。前の会社にいた時から、本業としてゲーム開発をしていましたし、プライベートでも作っていたので今作が初めてではありません。
プロジェクトによって毎回抱える課題は違うのですが、前作の制作が終わるころに、えーでるわいす(「天穂のサクナヒメ」の制作チーム)としてのやり方が見えてきたこともあり、「サクナヒメ」の開発ではクオリティラインを前作よりも高くして臨むことにしました。
題材が農業なので、本職の農家さんから見て怒られないようにと考えていくと、自然とハードルが上がった部分もあったと思います。
ーー今までのゲーム制作も含めて、失敗した経験はありますか?
失敗経験はあり過ぎるほど、ありますよ。
制作自体もそうですが、人とのコミュニケーションにおいても。今になっても記憶に残るような失敗は、人に対して失礼な振る舞いをしてしまったということです。
相手の反応を見て「これはよくないことをしてしまった」と思ったり、後から気づいたり。
プライドが高すぎると、失敗をしたあとに、それを活かせないかもしれないですね。一方で、ゲーム制作など創作分野だとある程度「恥知らず」でないと発表できないという面もあります。
すべてのことに精通してから作ろうと思うと時間がいくらあっても足りないので、作りながら学ぶ姿勢も時として求められると思います。
若いころはドロップアウトしている時期のほうが長かった
そして、失敗というか、若いころはドロップアウトしている時間のほうが長かったと思います。
正直、とんでもない親不孝者でした。母子家庭だったのに母をたくさん泣かせてしまいました。
中学にはほとんど行っていないです。高校は行きましたが、その後ニートとフリーターを行ったり来たりで、いわゆる青春時代はまともだった時期が少ないくらいです。
「このままだとダメだろうな」と思って、なんとか立て直して経験を積み重ねた結果、今に至ります。
ゲームの会社に入ったのは、24歳のとき。高校卒業後、20歳までは地元でフラフラして、その後、上京して専門学校に通うために働きました。
2年間、東京の専門学校に通ってから就職。高校卒業から6年くらい経っていました。
家にいる間、絵を描いて、ゲームを作ってのくり返し
ーー中学の不登校時代は、どんなふうに過ごしていましたか?
家で過ごしてる間は、基本、ゲームで遊んでるか、漫画を描いているかでしたが、今になって「よかったな」と思うこともあります。
「これからはパソコンが使えないと」と、親に無理を言ってFM-TOWNSというパソコンを買ってもらったんですよ。絵しかなかった僕には、グラフィックス機能が秀でたところが魅力でした。
ただ、ファミコンのように誰でも簡単に操作できるわけではなく、使い方がわからない。
でも学校から逃避している分、時間だけはあったので少しずつ触って覚えていきました。最初に買ってもらった「スーパーシューティングTOWNS」というゲーム開発ソフトには、とくに時間を割いたと思います。
ドット絵で自分のキャラクターを描いて、動きを設定し、ゲームとして遊べるようにするツールです。
勉強もろくにせずにゲームで遊んで、漫画を描いて、ゲームを作って……をローテーションでやり続けていました。
受け身だけではなく、ゲームを「作る」
今考えると、ゲームをユーザーとして受動的に「遊ぶ」だけでなく、ゲームを「作る」という能動的な形でも時間を使っていたのはとても大きくて、今の仕事につながっていると思います。
元々、絵が好きだったというのが原点にあって、それがゲームと結びついたのは、偶然だったのかもしれないですが。
やりすぎが不安なら、どんな使い方でゲームを遊んでいるのかを見る
ーー不登校の子どもでゲームにのめり込む場合は多いと思います。家族はどう対応したらいいと思いますか?
結構、難しいですよね。ケースバイケースですし、お子さんがどういう姿勢でゲームに向き合ってるかで、かなり変わるんじゃないかと思います。
例えば、「フォートナイト」というゲームがありますよね。対戦ツールとして使っている場合もあれば、ただのボイスチャットとして使っている人たちもいます。
「ゲーム」として一括りせずに、「どんなふうにゲームを使っているのか」を見てもらったらいいのかもしれないです。
制限されるのはものすごくストレス
親御さんの立場としてはゲームをずっとやり続けてしまうことに、心配があると思います。
ゲームというものは「課題を達成させて、しっかり褒める」ことで快楽が発生するように作られているので、ハマったらなかなか止められません。
僕がもし親だったとして、子どもが学校を休んでゲームばかりやっていたとしても、正直、どう言えばいいのか難しいです。
でも、子ども時代にゲームを逃げ場所にしていた側としては、制限されたり、止められたりするのは、ものすごいストレスです。
ゲームの世界が「居場所」になっているかも
普段、自分が生きている世界がつらい子どもにとって、ゲームができなくなるのは、逃げ場を1つ失うということかもしれません。
ゲームの世界が「自分の居場所」にもなっているかもしれないからです。
ただ、同じ不登校でも、僕の時代よりは今のほうが何をするにも選択肢は多いはずです。
ゲーム以外の分野も含め、その先の道を照らしてくれるような選択肢を本人が見つけられるかが大事なのかもしれません。
とはいえ、例えばオンライン上のコミュニティなども含めて他人とどんなかかわり方をしているのかは、可能であれば軽くでも知っておいたほうがいいと思います。
ーーー
【後編】では、不登校のきっかけや、その後どんな経緯でゲーム業界へ入ったのかなどをお聞きします。
「天穂のサクナヒメ」制作者が振り返る不登校時代。「自分への決めつけは勘違いかもしれない」|ゲームクリエーター・こいちさん インタビュー【後編】