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新連載!生徒会長で優等生の僕が、なぜ不登校に?第0回「何でもできて本当にすごい」と言われていた僕が不登校に

#不登校#行き渋り

はじめまして。市原春馬と申します。明治大学を卒業後、現在は同大学の大学院に通っています。

突然ですが、あなたは「生徒会長」と聞くと、どのようなイメージが思い浮かびますか?

学校の代表、全校生徒の手本、成績優秀、スポーツや芸術もできる、みんなの人気者、……そんな輝かしいイメージが出てくるでしょうか?

僭越(せんえつ)ながら、僕は中学時代に生徒会長を務めていました。しかし、そのような輝かしい生徒会長像とは程遠かったと思います。

勉強ではつまずき、運動もできず、周りの生徒からの目線もどこか冷ややか。

そしてなんといっても、生徒会長であると同時に「不登校」だったのです。

連載「生徒会長で優等生の僕が、なぜ不登校に?」第0回

 

市原春馬(いちはら・はるま)

保育園では最下位だった僕は、小学校で努力して“できる子”へ

僕が生徒会長を務めたのは、中学2年の10月から3年の9月まで。

一方、僕が不登校だった期間は、中学2年の10月から3年の6月まで。ほとんど同時期です。

生徒会長であり不登校でもあるという、小説よりも奇なる現実を歩んできた僕。しかし今思えば、僕が学校に通わなくなるのは必然だったかもしれません。

時はさらに遡り、就学前の保育園時代。

この頃の僕は、クラスで一番背が低く、何をやっても上手くいきませんでした。

他の子が難なく解ける簡単な問題に答えられず、運動も苦手が多く、クラスで唯一泳げず、コミュニケーションを取れずにずっと黙り込んでいる、そんな子どもでした。

この状況を続けたくはありませんでした。

そこで、小学校に入学した僕は、「せめて勉強だけはできるようになろう」と、授業を真剣に聞いたり教科書を先読みしたりして頑張りました。

その甲斐あって、よい成績を取ることができました。

これで一安心!と思ったのですが……ある日、クラスの中でこんな会話を耳にしました。

「なあ、市原と○○だったら、どっちの方が頭いいかな?」
「○○だよ」
「○○は頭いいし、面白いし」

何気ないおしゃべりだったかもしれません。でも、当時の僕には不愉快(!)だったことを、今でも覚えています。

僕は勉強もまだまだだと思っていましたが、「さらに面白さも必要なんだ」と思い、次はみんなを笑わせられるようになる努力も始めました。

最初は人前で自前のネタを披露しても、しらけさせてしまうだけでした。少しずつ改良を重ねていくと、やがて笑ってくれる人が増えてきて、自分も面白くなれたのだと嬉しくなりました。

ところがこれでも飽き足らず、次には「面白い人たちは、運動も得意だ」と気がついてしまったばかりに、スポーツにも手をつけ始めます。

さらに、音楽の授業で歌が上手く歌えなかったら歌も上手くなろうとし、絵が下手だと言われたら絵も練習し、コマを回すのがクラスで流行ればコマも得意になろうとし……。

何でもできるようになろう、他の誰よりもできるようになろうと、際限なく練習を重ね、着実にできることを増やしていきました。

「市原って、すごいよね」その一言を聞くために

積み上げた努力は、やがて実を結び始めました。

小学校4年のある日、図画工作の授業で描いた自画像が、先生の推薦で東京都の展覧会に出展されることになったのです。クラスメイトからは称賛の声が相次ぎ、鼻が高かったです。

それだけではありません。教室の中で、
「クラスで一番頭がいいのは誰?」
「市原だよ」
という会話を聞いたこともありました。

体育の授業では運動能力の高さからチームをまとめるリーダーに何回も抜擢され、音楽の授業では自分の歌を先生からもクラスメイトからも褒められました。

そしてついに何人もの人から、
「市原は勉強も運動も芸術も面白いことも、何でもできて本当にすごい」
と言われるようになりました。

表情に出すまいと思っても、口角は上がっていたに違いありません。「苦手尽くしだった頃に比べれば、大きく成長したものだな」と、自分で自分が誇らしくなりました。

「できる人」であり続けようとした結果、中学校で不登校になりました

しかし一体、そんな順風満帆な小学校生活を送っていた僕が、なぜ中学校で不登校になったのか。

先に一言でいえば、「パンクしたから」です。

僕は、中学に入ってからも、何でもできる人であり続けようとしていました。それが、僕自身でも気づかないうちに、とてつもなく大きな負担となっていたのです。

僕がどのように生徒会長になったのか。
どうして不登校になったのか。
どのような生活を送っていたか。
どうやって不登校から抜け出したのか。
その後いかなる道を歩んだのか。

……この連載では、実話をもとに、その経緯をお伝えしていきます。

「頑張りすぎて不登校」「優等生から不登校」――そんなお子さんの親御さんへ

この物語は、明治大学の大学院に進学した現在に繋がります。ですので、とりあえずバッドエンドにはなりません。安心してご覧いただけたらと思います。

僕はこれまでも、いろんな人に自身の経験を何度も事細かく話してきました。自分語りをすることには今更恥も負い目もございません。

そして大人になった今、「頑張りすぎた結果、不登校に」「優等生だった子どもが不登校に」という話も、よくお聞きしています。

僕の話で、「今、そのような不登校のお子さんがいる親御さん」の心に何か残すことができれば、少しでも気を楽にしていただければ、幸いです。これからどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

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