不登校の私を追い詰めた言葉と、救ってくれた一言【シリーズ「不登校、その後の人生」】
#不登校#行き渋り
幼稚園から高校卒業まで、約13年間の「不登校」を経験したいつきさん(20歳)。
先生への不信感、場面緘黙、そして性別への葛藤——。数々の壁にぶつかりながらも、「私は義務教育キャンセル界隈の人だから」と自らを笑い飛ばし、現在は教師を目指して大学に通っています。
「不登校は、ただの経験でしかない」。そう語るいつきさんが、暗闇の中で見つけた「自分の居場所」と、いま悩んでいる親子に伝えたい「味方の在り方」とは。全3回でお届けします。
「不登校、その後の人生」いつきさん
母の本音「普通に行ってくれていれば」
不登校だったときのことで、未だに一番記憶に残っているのは、小学校の帰り道のことです。私のために付き添い登校をして、授業のときも一緒にいてくれた母が、「普通に行ってくれていれば、この時間を弟と過ごせたのに」とポロッと言ったんです。
当時、弟(母にとっての末っ子)は幼稚園に入る直前の時期でした。母にも弟にも申し訳なかったなと思っています。
「上にいなさい」世代間の無理解と重圧
他につらかったのは、同居していたおじいちゃん、おばあちゃんが、世代的に不登校への理解がなかったことです。
特におばあちゃんの友達が来るときには、おばあちゃんから「みんなが学校行ってる時間だから、上にいなさい」と言われていました。「私って、隠さなきゃいけない存在なんだ」と思っていました。
親戚からも会うたびに「学校には行かなきゃダメだよ」と言われて、「わかってるよ。けど行けないんだよ」と思っていました。親戚って、悪気と遠慮の両方がないので、大変ですよね。
「行かなくても」私を救った大人の存在
救いになったのは…、





