「あなたは誰より大切だよ」不登校を経験した4児の母が、あのころ一番欲しかった言葉【全文公開】
「頭がおかしい、ダメな子」。不登校経験者で4児の母・宮國実加さんは、自身の幼少期にそう言われ続けたと言います。以来、ずっと劣等感を抱えながら生きてきたという宮國さん。子どもが生まれてからも、「完璧な母親でいなければ」と自分を苦しめ続けたと言います。否定する言葉が子どもをどんなに傷つけるかを知る宮國さんは、「どうか子どもを否定しないでください」と訴えます。(イラスト・今じんこ)
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小学校1年から3年まで不登校をしていた私は、現在47歳。4児の母親です。自分が不登校だったころのことを、ようやくこの歳になって言語化できるようになってきました。 私自身の不登校とその後の人生経験をふり返って、今、読者の方に心からお伝えしたいのは、どうか、お子さんを強い言葉で否定しないでほしい、ということです。
小学生だった約40年前、私は「登校拒否児」と呼ばれ、学校や地域から大問題児として扱われました。周囲からは「ズル休み、おかしい子」と白い目で見られ、不登校に対してまったく理解のない社会のなかで、子ども時代をすごしました。毎朝、車に押し込まれ力ずくで学校へ連れて行かれました。ときには、近所の人もいっしょになって泣き叫ぶ私を車に押しこんだこともありました。
毎日の手紙、嫌でたまらない
なぜ私が学校へ行きたくなかったのか、明確な理由は今でもわかりませんが、毎日のように届くクラスメイトからの手紙が、嫌でたまらなかったのを覚えています。「がんばって学校に来てね」と言われるたびに、私は「がんばっていない、勇気がない」と言われているように感じました。
近くに住んでいた親戚は、「おまえのせいで、どれだけお母さんが苦労していると思っているんだ」と、私を責めました。「本当にダメな子」、「頭がおかしい子」など、ほかの子どもたちと比べて、いかに私が劣っているかを知らしめ罵倒する言葉を、私に浴びせつづけました。
たとえ、しつけや教育のつもりであっても、子どもからしてみれば鋭い言葉の数々は屈辱でしかありません。子どもの心は、乾いたスポンジのように傷つく言葉をひとつ残らず吸収し、ため込みます。近年の研究でも、体罰や言葉の暴力は、子どもの脳のネットワーク機能に深刻なダメージを与える可能性があるとされています。ダメージを負った子どもは、大人になってからもストレスに対処することが苦手になってしまい、自傷行為、自己否定、依存、完璧主義、反社会的行動、うつなどの精神疾患など、さまざまなリスクが高まると言います。
まさに私がそうだったのです。私は大人になってからもつねに周囲の顔色をうかがい、愛想をふりまいて他人に嫌われないようにしながら生活してきました。何をしていてもつねに誰かと自分を比べ、劣等感を感じていました。自分が努力したことであっても「まだ足りない」と自分を否定し続けました。
結婚して子どもを授かってからも、ほかのママさんたちと自分を比べ、「もっとよい母親にならなければ」と自分を追い込みました。「子どもによいことは、なんでもしなければ」と、まるで強迫観念にとらわれたようでした。毎日かならず子どもたちを公園で外遊びさせ、毎日無添加の手づくりのおやつや食事にこだわり、子ども服はすべて綿100%。今思うと、自分のために使う時間はほとんどなく、よい母親でありたいと思う反面、自己犠牲感でいっぱいでした。
「もう限界」
そして第4子の出産後、体中のすべてのスイッチが突然オフになったのです。「もう限界」。私の心が、そう叫んだ気がしました。産後の子育てのたいへんさに加え、完璧主義、解離、子どものころから患っていた複雑性PTSDによる得体の知れない恐怖などが、産後うつにともなって私におそいかかってきたのです。
しかし、私自身の生きづらさに気づかせてくれたのも、この産後うつでした。私のようすを心配した助産師さんが、マインドフルネスという、自分の思考や感情をありのままに観察する方法を紹介してくれ、早速はじめてみました。自分のために時間を使うことに罪悪感がありましたが、すこしずつ自分を客観的に見つめることができるようになり、自分を認めることの大切さを学びました。
すると、私の自己肯定感を破壊し、生きづらさの根源となっていたのは、子どものころの不登校時代に、大人たちから言われた言葉や行動であることがわかってきたのです。その後、トラウマ治療に特化したカウンセリングに通い、私は本来の自分を取り戻すことができました。「自分は大切な存在である」ということに、ようやく気づいたのです。
現在の私は、これまで抱えてきた自分の生きづらさを認識し、その多くを手放すことができています。「小さな鳥カゴのなかからやっと抜け出し、大空を自由に飛んでいる」。そんな気持ちです。日々、大切な家族とともに、自分らしく生きている実感があります。
私がもし40年前の自分に会えるなら、まっさきに伝えたい言葉があります。「学校なんて行かなくてもいい。あなたは誰よりも大切な存在だよ」。40年間、否定的な言葉を引きずりながら生きてきた私が、あのころ何よりもほしかった言葉です。
(初出:不登校新聞624号(2024年4月15日発行)。掲載内容は初出当時のものであり、法律・制度・データなどは最新ではない場合があります)