元不登校児、まさかの「とりあえず行こう」側へ
自身にも不登校経験のあるライターの藤森優香さん。「学校に行きたくない」と言う子どもの気持ちは、わかっているつもりでした。
ところが、3歳の息子さんがある理由で保育園への登園を渋るようになると、藤森さんは、自分でも意外な反応をしていました。
藤森さんが、わが子の登園しぶりを前に感じた戸惑いと、息子の言葉を受け止めようと決意するまでを綴ります。
数ある「やだ」の一つのはずが
「今日、こわい先生いる?」
保育園へ向かう自転車の後ろで、3歳の息子・K太がそう言うようになった。
「こわい先生やだ」
最初は、あまり気にしていなかった。
なにしろ、イヤイヤ期真っ最中の3歳児である。靴を履くのもやだ。お風呂もやだ。公園から帰るのもやだ。昨日まで大好きだったバナナが、朝起きたら突然「やだ」の対象になることすらある。
3歳児の「やだ」を軽く受け流すのも、子育てスキルのひとつである。
だから私は、「こわい先生やだ」も、数ある「朝のやだ」のひとつくらいに思っていた。
「大丈夫、大丈夫」
「行ったらお友だちいるよ」
「今日も楽しんでおいで〜」
そう言って、自転車をこぐ。
ところが、「今日、こわい先生いる?」だけは、翌日も、その翌日も続いた。
「誰がこわいの?」
聞いてみると、K太は「A先生」と答えた。フリーでいろいろなクラスを見てくれている、ベテランの女性保育士だ。悪い印象はなかった。
私は「先生やだ」を聞き流し、翌朝も普通に自転車をこいだ。
私は高校生のとき、不登校だった。だから、「行きたくない」と言う子どもの気持ちはわかっているつもりだった。
ライターとして不登校経験者にも取材してきたし、「子どものSOSを見逃さないことが大事ですよね」なんてそれらしいことも言ってきた。
なのに、いざ自分の子どもが「行きたくない」と言い始めると、
「今日はとりあえず行こう」
「行っちゃえば楽しいよ!」
「ママ、お仕事休めないんだから」
出るわ、出るわ、行きしぶりの子にはNGとされてきたワードが自分の口から止まらない。不登校経験者という肩書きは、朝8時台にはまったく役に立たない。
その日も、後ろから聞こえてきた「こわい先生やだ」を、「そっかそっか〜」と軽く受け流しながら、私は保育園へ向かった。
声を聞いた瞬間、息子が身を固くした
保育園に着き、玄関で靴を脱いでいると、少し離れたところからA先生のよく響く声が聞こえた。その瞬間だった。K太が、はっと身を固くした。
そして、その場にうずくまった。
さっきまで渋々ながら靴を脱いでいたのに、動かない。
「どうしたの?」
そう聞くと、
「こわい先生いた」
「もうママとずっとここにいる」
と言った。
その瞬間、それまで毎朝聞いていた「こわい先生やだ」の音量が、私の中で急に上がった。
あれ。
これ、いつもの「やだ」と違うのでは。
少なくとも、「バナナやだ」と並列にしてはいけない気がする。
とはいえ、もう保育園まで来てしまった。
頭に浮かんだのは、「じゃあ今日は帰ろう」ではなく、「いや、ここまで来たし」だった。
私はうずくまるK太を抱っこし、保育室へ連れていった。
そして、そのまま仕事へ向かった。
でも、仕事をしていても、玄関でうずくまった小さな背中がずっと頭から離れなかった。
今日、そのまま一緒に帰ってもよかったんじゃないか。
よく考えれば、今日は外せない取材があるわけでもない。事務作業だけだった。仕事を休めないわけではなく、スケジュールを崩したくなかったからK太を行かせたのかもしれない。その事実に気づくと、ずしんときた。
「私が気にしすぎ?」を、AIに聞く
K太は本当にA先生が怖いのかもしれない。でも、私が大げさに考えすぎている可能性もある。
なにしろ、やんちゃな3歳児である。先生だってときには強く叱るだろうし、それで少し怖くなっただけかもしれない。
3歳児の言うことを一つひとつ真正面から受け止めていたらこちらの身がもたない気もする。
でも、あの反応は何だったんだろう。
考えてもわからないので、いつもどおりChatGPTに相談した。
すると、こんなことを言われた。
「保育園に行きたくない」だけなら登園しぶりの範囲もあります。ただ今回は、特定の保育士を怖がり、声を聞くだけでしゃがみこむなど反応が具体的です。不適切保育とは断定できませんが、子どもの安心感が揺らいでいるサインとして、早めに園へ共有したほうがいいです。
それを読んで、私は初めて事態を重く受け止めた。
「こわい先生いる?」は、数ある3歳児の「やだ」のひとつではなかったのかもしれない。
毎朝かなりわかりやすく訴えてくれていたのに、私はずっと聞き流していた。そう思ったら、涙が出てきた。
その時点では、転園なんてまったく考えていなかった。ただ、「先生こわい」と何日も言い続けていた息子の言葉を、今度こそ聞き流さないでおこうと決意した。
しかしこの決意はそう長くもたなかった。このあと私は、「一度休ませたら休み癖がつくよ」という周囲の言葉に見事に揺さぶられることになる。



