かつての私はクズ医大生。回り道は人生の財産になる:依存症治療の第一人者・松本俊彦先生に聞く【依存と不登校】
#不登校#行き渋り
「この子は、この先どうなっていくのだろう」。子どもが不登校になると、現在の学校生活だけでなく、進学や仕事、その先の人生まで心配になる保護者もいるでしょう。
依存症治療の第一人者として知られる松本俊彦先生は、自身の学生時代を振り返って「クズ医大生だった」と語ります。医学部への進学も精神科医という仕事も、最初から明確な目標があって選んだものではありませんでした。高校時代には、学校に行かなくなった時期もあったといいます。
第4回では、松本先生自身の学生時代や家族との関係、精神科医になるまでの「回り道」を通じて、不登校の子どものその先の人生を考えます。
消極的に進学したクズ医大生
――松本先生の略歴を拝見すると、松本先生自身もひょんな出会いから精神科医というキャリアを歩まれていると思います。大学生活はどうでしたか?
松本:(キッパリと)クズ医大生でした。
今は出席が厳しかったりするんですけど、僕らの年代の国公立の医学部は緩かったんですよ。出席もとらないし、留年もなかったのかな。「最長10年以内に卒業できればいい」みたいな。すごく優しかったんですね。
――ご自身のお仕事やキャリアを、現在はどう捉えられていますか?
松本:僕は消去法的な選択肢として医学部に入って、かつ精神科を選びました。
「医学部に入ったなら一人暮らしさせてくれる」という親の条件があって、一人暮らししたかったっていうのもあるし。普通はそれくらいで医学部に飛びつかないかもしれないですけど。
「医学部の大学生活は、6年間ある」というのは嬉しかったですね。社会に出るのを遅らせることができると思ったんです。



