小学校は楽しかった。だからこそ苦しかった中学校での不登校【シリーズ「不登校、その後の人生」】

#不登校#行き渋り

「自分が不登校になるなんて、全く想像していませんでした」——。楽しかった小学校時代から一転、エサクさんは、中学校で友達作りに出遅れたことをきっかけに、徐々につらい気持ちを抱えるように。初めて学校を休んだ文化祭の日から、通信制高校の通学電車で突きつけられた残酷な現実まで、一番つらかった記憶を振り返ります。

 

エサク(齋藤詠空)さん

僕以外みんな友達だった中学

小学校のときは友達もたくさんいて、毎日楽しく過ごしていましたし、自分が不登校になるなんて全く想像していませんでした。

僕が中学校に入学したのは2020年、まさにコロナ禍の真っただ中でした。最初は緊急事態宣言などの影響で学校にほとんど通えず、週に1回だけ登校するような生活が続いていました。

だんだんとコロナ禍が収束して毎日学校に通えるようになった時期、周りと自分の空気感がどこか違う、ついていけないなと感じるようになりました。

気がつけば周りの人たちはすでに友達同士のように仲良くなっていて、自分だけが初対面のような感覚だったのです。

小学校時代の知り合いも新しい友達を普通に作っていて、「あれ、みんな一体どうやって友達になったんだろう?」と不思議でたまりませんでした。

ゲームをしない僕の出遅れ

どうやらその時期、周りのみんなの間ではオンラインゲームが流行っていたらしく、家でもゲームを通じてやり取りをして繋がっていたようです。

僕はゲームを一切しないのでそういう流行を全く知らず、完全に一人だけ出遅れた感じになってしまいました。

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