不登校で介護休業取得。復職5年後には昇進した
子どもの不登校をきっかけに、「仕事を辞めるしかない」と追い詰められる保護者は少なくありません。
今回ご紹介するのは、小学生のお子さんの不登校を機に退職を決意したものの、職場から介護休業制度の利用を勧められた吉村香織さん(仮名)です。
介護休業を活用して子どもと向き合う時間を確保したことで、親子関係は大きく変化。吉村さんはその後は復職し、昇進も果たしました。
- 子どもとの関係:母親
- 当時の就業形態:正規雇用
- 当時の勤務先:地方公共団体
- 当時の勤務先規模:1,000人以上
職場側から介護休業の提案が
2人きょうだいの下の子は、小学校1年生の後半から五月雨登校が始まり、小2で本格的に不登校と引きこもり状態になりました。
急な遅刻や休みが増えて、職場には「子どもが不登校で急に調子が悪くなったので、私も休みます」と正直に伝えて対応していました。
しかし、次第に外出すらできなくなった子どもと向き合う中で、私自身の精神面も限界に達し、「もう仕事は続けられない」と上司や人事に退職を宣言しました。
すると、約20年勤めていた職場だったこともあり、人事課の保健師から「辞める覚悟があるなら使える制度を使ってからにしたらどうか」と提案されました。これが介護休業を取得するきっかけでした。
クリニックで「不登校」と記載がある診断書を出してもらい、職場へ提出。勤め先の人たちは非常に理解があり、嫌な思いをすることなく休業制度を利用できることになりました。
介護休業の1年間は完全な休職ではなく、週2日半日出勤したり、テレワークを組み合わせたりした働き方を選択しました。
介護休業で、親子の衝突が激減
介護休業の取得に伴って、介護休業給付金を受け取ることはできました。ただ、それでも収入は減り、離婚も視野に入れていたので経済的な恐怖を感じました。
さらに当時は、子どもの不登校を受け止めきれない夫との関係が悪化し、別居を始めたタイミングでもありました。
経済的にも精神的にも追い詰められた不安定な状況の中でのスタートでした。
ただ結果として、介護休業を取得したことは非常に大きな意味がありました。子どもとじっくり向き合う時間ができたことで自分自身も休まり、「この子はどういう子なのか」を深く知る期間になりました。
休業前は家の中で親子でイライラ感が募り、子どもからは「死んでやる」といった激しい言葉もでたりで、連日のようにぶつかっていました。
しかし、仕事を抑えて子どもに向き合い、学んでいたペアレントトレーニングや親業訓練のエッセンスを実践していくうちに、激しいパニックや衝突は激減していきました。
また、実家の両親や弟夫婦が息子の状態をありのまま受け入れ、温かくサポートしてくれたことも大きな救いとなりました。
同時期には、上の子も髪の毛を抜く抜毛症になるなどストレスを抱えていましたが、一緒に過ごす時間を増やしてしっかり向き合えたことで、徐々に落ち着きを取り戻していきました。
子どもの成長とともに復職・昇進
休業を経て少しずつ気持ちの整理がついていったものの、仕事に戻る自信はすぐには持てませんでした。
転機となったのは、子どもの成長です。小2の頃には難しかった留守番が、小3の途中から数時間、小4になる頃には1日できるまでに成長しました。これに伴い、フルタイム勤務へ復帰することができました。
復職後は「助けてくれた職場に恩返しがしたい」という思いが強まり、後職の育成にもいっそう力を入れるようになりました。
復職から5年後には、人事評価によって昇進。一時は退職まで考えたものの、制度を活用して乗り越えたことで、働き続ける選択肢を守ることができました。
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