不登校の介護休業を断念。受診も交渉も進められなかった

#不登校#行き渋り

子どもの不登校が始まると、保護者は子どもの対応と仕事の両立に追われ、心身ともに追い詰められることがあります。

今回ご紹介するのは、小学生のお子さんの不登校をきっかけに、介護休業の利用を希望したものの、勤務先で前例がなく取得を断念した鈴木亜衣さん(仮名)です。

鈴木さんは、有給休暇で対応を続ける中、出張や仕事との板挟みに苦しみ、受診や制度利用の手続きを進める気力も失っていきました。その経験を通して感じた「不登校と介護休業」の課題をお届けします。

  • 子どもとの関係:母親
  • 当時の就業形態:正規雇用
  • 当時の勤務先:民間企業
  • 当時の勤務先規模:50~299人

編集

不登校オンライン編集部

突然始まった、学校に行けない日

我が子の行き渋りは、小学校低学年の頃に始まりました。背景には、コロナ禍初期の張り詰めた学校環境や、学校での厳格すぎる指導によるトラウマがあったのではないかと思います。

「学校に行けない日」は、突然訪れました。フルタイムで働いていた私は、どう対応すればよいか分からず、強く動揺しました。焦りの中で、子どもを必死に学校へ連れて行く日々が続きました。

職場のチームの人たちには理解があり、リモートワークや、遅刻したぶんを残業でカバーする働き方もできましたが、それも「騙し騙しやっていた」という状態でした。

私の仕事には、出張もあります。今家を出なければ飛行機に間に合わないというタイミングで、子どもから「行ってほしくない」「ひとりにしないで」と泣いて訴えられることもありました。

仕事へ行かなければならない焦りと、子どもを残していく不安の間で、心の余裕を失いながらやりくりする日々が続きました。

介護休業は前例がなく利用できず

子どもへの日々の対応で心身ともに疲弊して、「これはもう介護と同じではないか」と感じるうちに、介護休業という制度を知りました。

そこで勤務先に相談したのですが、不登校による取得事例がなく、「検討します」とあいまいな回答から進展なく時間が過ぎ、適用には至りませんでした。

我が子は診断書を取得できる状況でしたので、病院で取得して、改めて会社と交渉していれば、利用できた可能性もあったのかもしれません。

しかし当時は、そのための調査や受診、手続きを進める気力すら残っていませんでした。業務の引き継ぎやキャリアへの焦りも重なり、断念せざるを得ませんでした。

また当時は、「不登校を理由として、実際に介護休業を取得できる」という確信は持っていませんでした。

結局、有給休暇を限界まで使い倒して、フルタイム勤務を継続するしかありませんでした。

不登校の介護休業を当たり前に

子どもが学校に行けた日には、その様子を見学することもありました。

そして教室で、「死んだ魚のような目」でただ座っている子どもの姿を目撃し、「ここにいさせても意味がない、健康でいてくれるのが一番だ」と吹っ切れました。

子どもは小4の後半から完全に登校できなくなりました。そして、空きを待っていたフリースクールへ、小5の4月から通い始めました。

学費の負担は決して軽くないものの、電車に乗って楽しそうに通うようになり、親子にとって大きな転機となりました。

フリースクールで落ち着いて過ごせるようになった子どもは、小学6年生の終わりに「今の自分ならやり直せるかも」「負のレッテルをリセットして公立中学校に再挑戦したい」と自ら宣言しました。

親としてはそのままフリースクールの中等部に進むほうが安心だという思いもあり、不安は尽きません。しかし、本人の「やり直したい」という意思を尊重し、応援することを決めました。

不登校の対応で保護者が離職や休職に追い込まれる現状や、フリースクール等の経済的負担を痛感しているからこそ、高齢者の介護だけでなく「不登校の子どものケア」においても介護休業制度が当たり前に適用される社会になってほしいと強く感じています。

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