不登校で介護休業取得。子どもは別人のように落ち着いた

#不登校#行き渋り

子どもの不登校が深刻化し、常時見守りが必要になると、保護者は仕事との両立だけでなく、受診や学校との調整など、平日に動かなければならない場面にも直面します。

今回ご紹介するのは、小学生のお子さんの不登校をきっかけに介護休業を取得した高橋美穂さん(仮名)です。

高橋さんは介護休業によって平日に動ける時間を確保し、受診や転校、支援体制づくりを進めたことで、お子さんは別人のように落ち着きを取り戻しました。

  • 子どもとの関係:母親
  • 当時の就業形態:正規雇用
  • 当時の勤務先:民間企業(東証一部上場)
  • 当時の勤務先規模:1,000人以上

編集

不登校オンライン編集部

「消えたい」で常時見守りが必要

子どもはADHDや学習障害(LD)の傾向がありの傾向があり、小学1年生のときから発達特性による生きづらさを抱えていました。

2年生で支援学級へ転籍しました。しかし、その環境は通常学級との交流が遮断された「分断」に近い状態でした。

適切な合理的配慮は得られず、周囲からの心ない言葉や理不尽な指導方針もあって、子どもは「学校へ行く意味がない」と自己肯定感を著しく低下させていきました。

2年生の終盤から五月雨登校になり、3年生の始業式には「絶対に行かない」と登校を拒否。

自宅での様子も不安定になり、「消えたい」と自分を責める言動もあったため、、常時誰かが付き添う必要に迫られました。

夫婦で話して私が介護休業を

私は大手企業の営業職で、プレイングマネージャーを務めています。

子どもが不登校になった当時は、自分自身の目標数字を追いながらチームのマネジメントや教育も担う立場であり、拠点ではベテランとして勤務していました。

夫の職場は制度取得のハードルが高かったことや、私自身が発達障害や療育の勉強・情報収集の役割を担っていたことから、私が休業を取得して動く方針を固めました。

最初は、子どもの不登校や発達障害は介護休業の対象外だと思っていました。しかし、ちょうど会社の介護休業規定が改定されて、取得条件に「常時見守りが必要」などが明記されたことで、我が子のケアに適用できることに気づきました。

ただ、介護休業について相談を進める中で、業務の調整に関する話し合いが思うように進まず、直属の上司とのコミュニケーションにも難しさを感じるようになりました。

職場にいること自体がつらく感じる日も増え、「このまま仕事を続けることは難しいのかもしれない」「退職するしかないのかもしれない」と悩み、追い詰められていきました。

しかし、直属上司の上の立場にいる女性管理職へ個別に相談したところ、「介護休業を取得すればいいに決まっている」と背中を押してもらい、取得へ踏み出すことができました。

介護休業で平日に動けるように

まずは約5か月を有給休暇で対応して、その後で介護休業を最長の93日間取得しました。

介護休業を取得して一番よかったことは、平日に動けるようになったことです。

専門機関で発達の特性を確認することができて、「うちの子に合った支援」につながる大きなきっかけとなりました。

さらに親の会などへ足を運ぶこともできて、有益な情報や支援と繋がることができました。

子どもが気持ちを言葉にする練習を行ったり、一緒に料理や外出をしたりと、穏やかな時間を過ごしました。

学校についても、合理的配慮への理解が得られなかった環境を変えるため、教育委員会への相談や別の公立小学校の体験授業を進めました。

理解のある新校長の後押しもあり、3年生の2学期から別の公立小学校へ転校することができました。

子どもは別人のように落ち着いた

新しい学校では、学校側にお願いして関係者を集めた「支援会議」の開催によって、家庭・新しい学校・放課後等デイサービスの3者で支援方針を共有・連携する機会を提供してもらえました。

信頼できる先生や大人たちと出会った子どもは、劇的に、別人のように落ち着きました。少しずつ自分に自信を持ち、自分の気持ちや困っていることを言葉で伝えられる場面が増えました。親子で一歩ずつ成長を実感できた、とても充実した期間でした。

発達障害などで一般的な社会から理解されにくい子どもこそ、親子関係や家庭という安全基地、家庭以外の安心・安全できる場所、そのための環境調整が重要だと実感しました。

一方で、そのためには保護者の時間と努力が必要だということも、合わせて実感しました。

戻れる場所があることでメンタル維持

介護休業期間中には給料は発生しない一方で、社会保険料や住民税などの支払いは継続します。毎月10万円ほどの支払いが発生していました。毎月貯蓄を取り崩す生活だったので、不安も感じました。

ただ、介護休業給付金という仕組みがあるため、申請から数か月後の入金を見越して経済的な見通しを立てることができました。

また、休業後に会社という戻る場所があることが、私自身の心の支えでした。

現在の私は、復職に向けて、職場の同僚とランチをしたり連絡を取り合ったりしながら、少しずつ仕事の状況を確認しています。

発達障害や特性のある子どもや保護者の理解が進み、全ての子どもが教育を受ける権利が守られる社会を心から願っています。

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