「私の育て方が悪かった」引きこもる私への祖母の言葉
#不登校#行き渋り
高校2年生の夏、家庭の事情をきっかけに学校へ行けなくなった立沢萌々瑚さん。
家の中で過ごす彼女をさらに追い詰めたのは、同居する祖母から投げかけられる「私の育て方が悪かった」という自責の言葉でした。
勉強ができない自分を周囲に知られるのが恥ずかしく、友達や先生にも頼れなかった孤立のなか、立沢さんは、「死にたい」という思いと、「いや、私はいける」という根拠のない自信を抱えていました。

立沢萌々瑚さん
「不登校、その後の人生」立沢萌々瑚さん
アイデンティティだった成績が急落
高校時代までの私は、鹿児島県で、祖母と弟と私の3人で暮らしていました。
私の不登校の期間は高校2年生の夏からでした。直接的な原因の詳細は控えますが、家で安心して過ごせなくなったんです。
それからは学校に行っても文字や文章が頭に入らなくなったり、集中できなくなったりして、自分の心と体が現実から切り離されているような感覚になっていました。
その結果、それまではテストの学年順位が1桁とか10番台前半だったのが、半分よりも下まで急落しました。
今となっては、「成績が下がったなんて、本当にちっぽけなことだったな」とは思うんです。
でも、自分自身が中学生のときからずっと1番とかを取ってきていたので、勉強ができることに自分のアイデンティティや存在価値、プライドがすごくあったんです。
そのため、勉強ができなくなった自分に対して価値を見失いました。学校に行くと勉強ができない自分を露呈するような気がして、恥ずかしくて行きづらくなったのが始まりです。
誰にも相談できず孤立した日々
当時の悩みについては、友達にも誰にも相談していませんでした。





