習い事には行けるのに学校はつらそう…親はどう受け止める?
「小学校高学年の我が子は、学校はしんどそうなのに、習い事には行けている」
そんなお子さんの様子に、戸惑う親御さんは少なくありません。
「習い事に行けるなら学校にも行けるのでは?」
「学校を避けて好きなことだけしているのでは?」
そう感じることもあるでしょう。
ただ、習い事に行けることと、学校に行けることは必ずしも同じではありません。
むしろ、学校に強い負担を感じ始めている時期だからこそ、習い事だけは行けているということもあります。
今回は、「習い事には行けるのに学校はつらそう」という状態を、親がどのように受け止めればよいかを考えます。
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目次
習い事には行ける理由と心理
学校も習い事も、親からは同じようなものに見えるかもしれません。しかし、お子さんにとっては、その二つはまったく別のものとして感じられていることがあります。
学校と習い事の心理的負担の違い
学校には、毎日の登校、長時間の拘束、集団行動、多くの科目、時間割通りの行動、友人関係、勉強や成績へのプレッシャーなど、多方向からの負担があります。
特に小学校高学年は、周囲の目を気にし始める時期でもあります。そのため、大人が思う以上に人間関係や評価に敏感になっていることも少なくありません。
一方で習い事は、好きなことや得意なことに取り組める、活動内容が比較的明確、関わる人数が少ない、時間が区切られている、参加頻度が限られている、評価基準が分かりやすい、あるいは自分のペースで取り組めるなどの特徴があります。
そのため、子どもにとって習い事が「安心して過ごせる場所」や「安全地帯」になっていることがあります。
つまり、学校で感じている負担が大きくなっている一方で、習い事はまだ安心して参加できる場所として残っていることがあるということです。
エネルギーが少しずつすり減っている時期だからこそ、負担の少ない習い事で何とかバランスを保っている状態とも考えられるのです。
親として心がけたい視点
我が子のちぐはぐに見える行動に戸惑うときは、親御さん自身の見方を少し変えてみることが大切です。
習い事に行ける力だけ残っている
子どもの習い事に行く姿を見ると、「それなら学校も頑張れるのでは」と考えたくなることがあります。
しかしそうではなく、「習い事に行けるエネルギーだけが残っているのかもしれない」「習い事でエネルギーを回復させているのかもしれない」と考えてみてください。
好きなことや安心できる活動が、本人にとって心の支えになっていることがあります。
習い事に行けることを「学校にも行ける証拠」と捉えるのではなく、「今の本人を支えているものがある」と捉えてみることが大切です。
学校のつらさを受け止める
頭痛や腹痛を訴えて学校を休んだり行き渋ったりしているのに、夕方には習い事へ元気に出かける姿を見ると、不信感を抱くのは自然なことです。
ただそれは、学校という強いストレス源から離れたことで、一時的に心や体が楽になっている可能性があります。
また、お子さん自身は「習い事は行ける」「でも学校はつらい」という感覚を矛盾なく感じていることもあります。
それなのに、「習い事に行けるなら学校も行けるよね」と言われると、自分のしんどさを否定されたように感じることがあります。
「それだけ学校がつらいんだな」と事実をそのまま受け止めることが大切です。
親ができるサポートと対応
この時期は、お子さんの心のエネルギーをこれ以上消耗させないことが大切です。そのために親が意識したいポイントを紹介します。
学校に行けるかどうかで習い事を判断しない
「学校に行けないなら習い事も休むべきではないか」「学校に行けるようになってから習い事を続けるべきではないか」と考えたくなることがあります。
しかし、習い事は習い事、学校は学校です。
習い事が安心できる場所だからこそ続けられている場合、「習い事に行けるなら学校も」「学校に行けないなら習い事も」という考え方は、お子さんにとって大きな負担になることがあります。
まずは、学校と習い事を別のものとして捉えることが大切です。
習い事は本人の意思を尊重する
「学校に行けないなら習い事も休みなさい」「学校に行けないなら辞めなさい」という対応はおすすめできません。
本人にとって数少ない安心できる場所や楽しみを失うことで、心のエネルギーがさらに減ることがあるためです。
学校に行けなくても、本人が「習い事は続けたい」と言うなら、その気持ちを尊重する姿勢が大切です。
習い事を学校の話につなげすぎない
習い事に行けた日、お子さんが楽しそうにその話をしてくることもあるでしょう。
そんなとき親としては、「それなら学校も行けそう?」「学校ではどうかな?」と聞きたくなるかもしれません。
しかしお子さんにとって、習い事は学校とは別の場所です。
習い事で楽しい時間を過ごせたのに、その話が毎回学校の話につながると、「結局また学校の話になる」と感じることがあります。
習い事の話をするときは、「それ楽しかったんだね」「今日はどんなことをしたの?」など、その体験そのものに関心を向けてみてください。
習い事を学校と比較したり、学校へ戻るための材料として扱ったりしないことが、お子さんにとっての安心感につながることがあります。
親が見るべきは子どもの様子
大切なのは、習い事と学校を比べることよりも、お子さん自身の様子を見ていくことです。
習い事に行けるかどうかは、学校に行けるかどうかとは直接的には関係がありません。
習い事に行けていることは、「学校に行けるはず」というサインではなく、「今はその場所なら安心して過ごせる」「その活動が支えになっている」というサインかもしれません。
だからこそ、「習い事に行けるなら学校も」と考えるのではなく、「なぜ習い事には行けているのだろう」という視点で見てみてください。
そうした見方は、お子さんの状態を理解するヒントになるだけでなく、親御さん自身の焦りを少し和らげる助けにもなるはずです。
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